狂武蔵

2020年製作/91分/G/日本
配給:アルバトロス・フィルム

監督:下村勇二 原案協力:園子温

コエボンラジオをお聞きのみなさん今晩は、女優オノユリの映画の話をしましょうよ、のお時間です。

『狂武蔵』

先日、自粛期間以降初めての映画の試写会へお邪魔してまいりました。

少し、数年前の思い出を振り返るお話をさせて下さい。

ラジオ『オノユリの映画の話をしましょうよ』も実は今年の7月で4年目を迎えました。コエボンラジオ内でのコーナーとしては1年と7ヶ月。初めは、渋谷のスタジオで公開生放送で月に1度の放送でした。とても綺麗な真っ白な壁の明るいスタジオで、一面だけガラス張りで、渋谷の喧騒を歩く方々と目が合う仕様になっていました。10分間の番組のために費やす時間は、実はその頃より今の方が長いです。ぶっつけ本番でやったれっ!って時期もありましたし、それで失敗もしましたし。6枚も書いた原稿が4分で読み終わった時は、混乱して冷や汗止まりませんでした。

とても素敵な出会いも沢山あり、今でもその繋がりが、わたしと邦画映画の大切な絆のように感じております。

当時まだラジオを始めたばかりの5回目の放送時に、ゲストに来てくださったのが『RE:BORN』の下村勇二監督でした。放送後、その翌月も来てくださることになり、連続してゲストを努め、世界で盛り上がる『RE:BORN』のアクションについて、さらに日本映画だからこそ描かれている「武士道」についてたっぷりお話し下さいました。ラジオを聞いてくださった方へのシークレットメッセージまでご用意下さり、アクションと茶目っ気と漢気に、しっかりと魅せられ、わたしも公開中の作品を鑑賞に何度も映画館へ足を運ばせて貰ったものの1人です。

『RE:BORN』の関係者の作品へのこだわりは物凄く深くて、映画館のどの席に座るかでも、その魅力の堪能の仕方が変わることも教えていただきました。「爆音」が魅力の映画館で、前から5列目のサイドしか席がなく、そちらで鑑賞した際は、「あの映画館は、実はそこのエリアにスピーカーがあるので、最も良質な音が聞こえる席なんですよ!」と教えていただいて「確かにその日、薬きょうの落ちる音がピカイチ響いたな」と思ったのでした。

『RE:BORN』は、日本中を駆け回り魅了させ続けた化け物映画です。

そして、4年前の「オノユリの映画の話をしましょうよ」放送時から耳にしていたのが、もうひとつの侍映画のお話。『RE:BORN』主演のTAK∴(坂口拓)さんの主演のとんでもない作品のお話。公開されていない幻の『侍映画』

待ち続けて、4年。

先日、自粛期間以降初めての映画の試写会へお邪魔してまいりました。

77分ワンシーン・ワンカットの衝撃。幻のアクション映画が9年の時を経て、完成。

『狂武蔵』

監督:下村勇二 原案協力:園子温

解説:70分以上におよぶワンシーン・ワンカット撮影、400人斬りシーンなどを盛り込んだアクション時代劇。日本映画のアクションシーンを牽引するTAK∴(坂口拓)が主演を務め、初の時代劇映画となる山崎賢人が「キングダム」に続き坂口と共演を果たした。

物語:1604年慶長9年、宮本武蔵による2度の道場破りにより、師範の清十郎(せいじゅうろう)とその弟・伝七郎(でんしちろう)を失った名門・吉岡道場。面目を潰された一門は、まだ9歳の清十郎の嫡男・吉岡又七郎と武蔵との決闘を仕込み、一門全員で武蔵を襲う計略を練る。決闘場のまわりに身を潜める、一門100人と金で雇った他流派300人の前に、突如現れた武蔵が襲いかかる。2020年の公開よりも9年前に坂口によって撮影されていたが、長らく日の目を見ずに眠っていた作品で、「GANTZ」「キングダム」のアクション監督・下村勇ニが全体の仕上げを担当して完成させた。(https://eiga.com/movie/93353/ 映画.com

7年後、山崎賢人君と(いい意味で)ぽかーんとする漢の浪漫駄々漏れの侍映画。

その7分間でこの映画に惚れました。

2020年8月21日(金)全国ロードショー(公式HP

七人の侍

1954年製作/207分/日本
配給:東宝 監督:黒澤明

第15回 ベネチア国際映画祭(1954年)

銀獅子賞 受賞

Takashi Shimura志村喬 Takashi Shimura…島田勘兵衛(しまだかんべえ)Kambei Shimada

Toshirô Mifune三船敏郎 Toshirô Mifune…菊千代(きくちよ)Kikuchiyo (as Toshiro Mifune)

Isao Kimura木村功 Isao Kimura…岡本勝四郎(おかもとかつしろう)Katsushiro

Yoshio Inaba稲葉義男 Yoshio Inaba…片山五郎兵衛(かたやまごろべえ)Gorobei Katayama

Daisuke Katô加東大介 Daisuke Katô…七郎次(しちろうじ)Shichiroji

Minoru Chiaki千秋実 Minoru Chiaki…林田平八(はやしだへいはち)Heihachi

Seiji Miyaguchi宮口精二 Seiji Miyaguchi…久蔵(きゅうぞう)Kyuzo

Keiko Tsushima津島恵子 Keiko Tsushima…志乃(しの)Shino

物語(前半部)

時は戦国時代のとある貧しい農村。農民たちは野盗と化した野武士たちの襲撃を恐れ、おののいていた。そこで村を守るために用心棒を雇うことを決意、食うに窮する七人の侍を探し出し、彼らとともに野武士に対抗すべく立ち上がる……。(https://eiga.com/movie/14122/ 映画.com)

物語(後半部)

初夏、麦刈りが行われ、しばしの平和な時も束の間、ついに野武士が現れる。島田勘兵衛(しまだかんべえ)の地形を生かした作戦により、徐々に野武士はその数を減らしていく。

最大の見どころ、雨中(うちゅう)の合戦では迫力の立ち回りのシーンに8台のカメラを使い、雨には墨汁を混ぜ(India Ink)9月の設定のなか、積雪がある2月の撮影の為、足元は積もった雪を溶かすために大量の水をポンプで撒いたため、現場全体が泥濘(でいねい・ぬかるみ)と化しこれを撮影に利用した。黒澤監督はこの雨のシーンについて、「アメリカの西部劇では常に晴れている、だからこそ雨にしようと思いついた」と語っている。豪雨の中での合戦シーンというそれまでになかった手法に、ハリウッドだけでなく世界中の映画関係者や映画ファンを驚かせた。(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%83%E4%BA%BA%E3%81%AE%E4%BE%8D ウィキペディア)

1. みなさんこんばんは。

今晩ご紹介するのは 1954年製作/207分/日本映画の最高峰であり、世界中の映画人に多大な影響を与えた『七人の侍』黒澤明監督の作品について、2週にわたってお話をします。

世界中の映画人に多大な影響を与えたと言う事で、現在 Hollywood で映画監督や女優として活躍する、ジンバブエ出身の Eunice Chiweshe Goldstein と女優オノユリが日本の最高峰の映画「七人の侍」について2020年に生きるわたしたちが語り合います。どんな話し合いになるのか、どきどきがとまりません。

<Eunice 紹介>

<Storyline>物語前半部紹介

<フリートーク>

①物語の緩急・展開のはやさ

②キャラクターの人間らしさ(ダメな時により一層人間らしい)

・正直になれなかったり

・仲間が死んだり

・最後の決戦前のいじいじ度

・☆侍スカウト時の百姓に意地悪ばかり言ってた奴らの理解度がかっこ良い

・侍のかっこよさ

・コメの貴重度

・百姓の教養のなさ

・百姓の強さ(ストーリーエンディング)

2. みなさんこんばんは。

今晩は先週に引き続き、1954年製作/207分/日本映画の最高峰であり、世界中の映画人に多大な影響を与えた『七人の侍』黒澤明監督の作品についてお話します。今週は、後半、世界中の映画人に多大な影響を与えた作品のクライマックスが控えております!

その前に、今週も一緒に話してくれるのは、現在 Hollywood で映画監督や女優として活躍する、ジンバブエ出身の Eunice Chiweshe Goldstein と女優オノユリが日本の最高峰の映画「七人の侍」について2020年に生きるわたしたちが語り合います。後半はどんな話が飛び出すのでしょうか?

<Eunice 紹介>

<Storyline>物語前半部紹介

その手に触れるまで

2019年製作/84分/G/ベルギー・フランス合作
原題:Le jeune Ahmed・英題:Young Ahmed
配給:ビターズ・エンド

映画館のTweetで、「みんな映画館に戻ってきてー!」と言う、七夕の願いそのもののような言葉を見かけました。

また、この方の関係するお芝居は観たい。と思っている女優さんのSNSの言葉を自分の宿題のように感じた日、映画のチケットを予約し、その女優さんの鑑賞した映画を鑑賞しに映画館へ足を運んでいました。

『その手に触れるまで』

訪れた映画館は新宿武蔵野館。『ニンフォマニアック(後編)』や『6歳のボクが、大人になるまで。』を鑑賞した映画館です。こじんまりした3館で座席は3館合計301人。けれど、コロナの影響で、1つずつ座席を空けているので満席でも45席。後ろの席から綺麗にぴょこぴょことび出る頭の数を数えられる具合でした。鑑賞者からすると、こんなに広々と映画館で鑑賞出来る贅沢に恵まれるなんて…とひたひたと幸福に満たされていきました。そして同時に、映画館は大丈夫なのだろうか…改めて心配になりました。それにしても、映画館で鑑賞する時間って本当に贅沢。映画に費やす時間丸々、映画のことだけ考えられる空間で、映画を鑑賞する為だけにデザインされた座席に座って、その映画に適した室温で、心を無にできる真っ暗闇から、脳味噌とスクリーンの宇宙に没入出来る。あぁ、エンターテイメントよ、ありがとう。ですね。本当に。

本日お話しするのは、ジャン=ピエール・ダルデンヌ監督 リュック・ダルデンヌ監督のダルデンヌ兄弟の作品で『その手に触れるまで』2019年製作/84分/G/ベルギー・フランス合作、新宿武蔵野館ほか、現在公開中の映画となっております。原題はフランス語なので、読み方は分かりませんが、英題:Young Ahmed、意味は原題と同じです。日本語タイトル『その手に触れるまで』が、随分異なるんだなと言う印象を受けますね。鑑賞した方の親切心かな?

ベルギーに暮らす13歳の少年アメッドはどこにでもいるゲーム好きの普通の少年だったが、尊敬するイスラム指導者に感化され、過激な思想にのめり込む。ある日、学校の先生をイスラムの敵と考え始め、抹殺しようとする。狂信的な考えに取り憑かれてしまった少年の気持ちを変える事はできるのだろうか……?
13歳の少年が突然囚われてしまった過激な正義。まだ世界を知らないまま、善と悪、純粋と不純を分けてしまう。それは宗教的な思想に限らず、「あるひとつの答えだけが正解」と思い込み、他者を受け入れなくなる思春期・反抗期の経験に重なる。どうしたら、他者を受け入れることができるのか……。
人の変化は急には起こらない。多くの人たちとの関わり合いの中から、その人なりの正解が見えてくる。いくつもの出来事を積み重ね、少年の感情が変化していく様を丁寧にすくいとる。“特別な子供の物語”ではなく、すぐそばにいる子供の成長を見届けるような温かさをもって、ダルデンヌ兄弟にしか描けない、普遍的でいて、これまでにない少年の成長物語。

第72回カンヌ国際映画祭 監督賞受賞!
8作品連続カンヌコンペ出品!
世界の名匠、ダルデンヌ兄弟が成し遂げた偉業。

2019年カンヌ国際映画祭。ワールドプレミアの上映後には客席で拍手を贈るティルダ・スウィントンの姿があった。ウォルター・サレス監督やアモス・ギタイ監督も称賛を贈り、「鮮やかな作家性!作品の強度に驚嘆し、物語と力強い主人公の演技に引き込まれる」(ガーディアン紙)、「シンプルでいて、心を掴んで離さない!」(ヴァラエティ)、「ダルデンヌ兄弟の虜だ!」(NYタイムズ紙)と各メディアが絶賛した。ダルデンヌ兄弟監督作品のカンヌ国際映画祭コンペティション部門出品は8作品連続の快挙。そして、監督賞の受賞により、カンヌ国際映画祭で審査員賞を除くすべての主要賞受賞という史上初の偉業をダルデンヌ兄弟は成し遂げた。
主演はダルデンヌ兄弟が見出した新星イディル・ベン・アディ。「緻密な演技で映画全体を支配する存在感をはなっている」(ル・モンド紙)、「『イゴールの約束』のジェレミー・レニエの鮮烈なデビューを思い起こさせる」(エル)とイディルを絶賛、第10回ベルギー・アカデミー賞で有望若手男優賞を受賞した。そして、ダルデンヌ兄弟お気に入りのアルフレッド・ブレンデル演奏によるシューベルトの「ピアノ・ソナタ第21番変ロ長調 D.960 第二楽章」が美しくエンドロールの幕を閉じる。

背景

ベルギー、ブリュッセル西部に位置するモレンベークは、10万弱の人口のうちイスラム教徒が5割程度、地域によっては8割を占め、その多くがモロッコ系。(2016年時点)
そこに暮らす一部の過激派のイスラム教徒や、モレンベークを拠点として利用した過激派が、15年のパリ同時多発テロや16年のブリュッセル爆発に関与した。クリント・イーストウッド監督が『15時17分、パリ行き』のタイトルで映画化したタリス銃乱射事件の犯人もブリュッセルから列車に乗車している。ここ数年、ブリュッセルはヨーロッパにおけるテロリズムの交差点と化している。

鑑賞して

監督はこんなにあやふやでふわふわもやもや漂う曖昧なものをどうやってAhmed役のイディル・ベン・アディに伝え、映像に残すことが出来たのだろう?13歳のAhmedは常に下を向き、姿勢が悪く、小さくみえる。ゲームに夢中だった少年からはのびのびと太陽を浴びた気配がない。頭の回転が素晴らしく早く、時々彼の動きに目が回される。彼が太陽の匂いのする動物がたくさんいる農場で、光を浴びる女の子に出会い、彼の乾かないぐじゅぐじゅとした心にそよ風が吹いたように思えた。13歳。宗教的な思想に尖ってしまったぐじゅぐじゅは、常に同じ人に向けられてしまう。Ahmedの心の動きが、彼にあたる光であったり、ハンカチを忘れた母親であったり、ただただ彼の心に寄り添う映像に、ドキュメンタリーのようなどぎまぎとした、たどたどしいAhmedだけを、ただただ手を差しのべることも出来ないまま、眺めている。作品。