その手に触れるまで

2019年製作/84分/G/ベルギー・フランス合作
原題:Le jeune Ahmed・英題:Young Ahmed
配給:ビターズ・エンド

映画館のTweetで、「みんな映画館に戻ってきてー!」と言う、七夕の願いそのもののような言葉を見かけました。

また、この方の関係するお芝居は観たい。と思っている女優さんのSNSの言葉を自分の宿題のように感じた日、映画のチケットを予約し、その女優さんの鑑賞した映画を鑑賞しに映画館へ足を運んでいました。

『その手に触れるまで』

訪れた映画館は新宿武蔵野館。『ニンフォマニアック(後編)』や『6歳のボクが、大人になるまで。』を鑑賞した映画館です。こじんまりした3館で座席は3館合計301人。けれど、コロナの影響で、1つずつ座席を空けているので満席でも45席。後ろの席から綺麗にぴょこぴょことび出る頭の数を数えられる具合でした。鑑賞者からすると、こんなに広々と映画館で鑑賞出来る贅沢に恵まれるなんて…とひたひたと幸福に満たされていきました。そして同時に、映画館は大丈夫なのだろうか…改めて心配になりました。それにしても、映画館で鑑賞する時間って本当に贅沢。映画に費やす時間丸々、映画のことだけ考えられる空間で、映画を鑑賞する為だけにデザインされた座席に座って、その映画に適した室温で、心を無にできる真っ暗闇から、脳味噌とスクリーンの宇宙に没入出来る。あぁ、エンターテイメントよ、ありがとう。ですね。本当に。

本日お話しするのは、ジャン=ピエール・ダルデンヌ監督 リュック・ダルデンヌ監督のダルデンヌ兄弟の作品で『その手に触れるまで』2019年製作/84分/G/ベルギー・フランス合作、新宿武蔵野館ほか、現在公開中の映画となっております。原題はフランス語なので、読み方は分かりませんが、英題:Young Ahmed、意味は原題と同じです。日本語タイトル『その手に触れるまで』が、随分異なるんだなと言う印象を受けますね。鑑賞した方の親切心かな?

ベルギーに暮らす13歳の少年アメッドはどこにでもいるゲーム好きの普通の少年だったが、尊敬するイスラム指導者に感化され、過激な思想にのめり込む。ある日、学校の先生をイスラムの敵と考え始め、抹殺しようとする。狂信的な考えに取り憑かれてしまった少年の気持ちを変える事はできるのだろうか……?
13歳の少年が突然囚われてしまった過激な正義。まだ世界を知らないまま、善と悪、純粋と不純を分けてしまう。それは宗教的な思想に限らず、「あるひとつの答えだけが正解」と思い込み、他者を受け入れなくなる思春期・反抗期の経験に重なる。どうしたら、他者を受け入れることができるのか……。
人の変化は急には起こらない。多くの人たちとの関わり合いの中から、その人なりの正解が見えてくる。いくつもの出来事を積み重ね、少年の感情が変化していく様を丁寧にすくいとる。“特別な子供の物語”ではなく、すぐそばにいる子供の成長を見届けるような温かさをもって、ダルデンヌ兄弟にしか描けない、普遍的でいて、これまでにない少年の成長物語。

第72回カンヌ国際映画祭 監督賞受賞!
8作品連続カンヌコンペ出品!
世界の名匠、ダルデンヌ兄弟が成し遂げた偉業。

2019年カンヌ国際映画祭。ワールドプレミアの上映後には客席で拍手を贈るティルダ・スウィントンの姿があった。ウォルター・サレス監督やアモス・ギタイ監督も称賛を贈り、「鮮やかな作家性!作品の強度に驚嘆し、物語と力強い主人公の演技に引き込まれる」(ガーディアン紙)、「シンプルでいて、心を掴んで離さない!」(ヴァラエティ)、「ダルデンヌ兄弟の虜だ!」(NYタイムズ紙)と各メディアが絶賛した。ダルデンヌ兄弟監督作品のカンヌ国際映画祭コンペティション部門出品は8作品連続の快挙。そして、監督賞の受賞により、カンヌ国際映画祭で審査員賞を除くすべての主要賞受賞という史上初の偉業をダルデンヌ兄弟は成し遂げた。
主演はダルデンヌ兄弟が見出した新星イディル・ベン・アディ。「緻密な演技で映画全体を支配する存在感をはなっている」(ル・モンド紙)、「『イゴールの約束』のジェレミー・レニエの鮮烈なデビューを思い起こさせる」(エル)とイディルを絶賛、第10回ベルギー・アカデミー賞で有望若手男優賞を受賞した。そして、ダルデンヌ兄弟お気に入りのアルフレッド・ブレンデル演奏によるシューベルトの「ピアノ・ソナタ第21番変ロ長調 D.960 第二楽章」が美しくエンドロールの幕を閉じる。

背景

ベルギー、ブリュッセル西部に位置するモレンベークは、10万弱の人口のうちイスラム教徒が5割程度、地域によっては8割を占め、その多くがモロッコ系。(2016年時点)
そこに暮らす一部の過激派のイスラム教徒や、モレンベークを拠点として利用した過激派が、15年のパリ同時多発テロや16年のブリュッセル爆発に関与した。クリント・イーストウッド監督が『15時17分、パリ行き』のタイトルで映画化したタリス銃乱射事件の犯人もブリュッセルから列車に乗車している。ここ数年、ブリュッセルはヨーロッパにおけるテロリズムの交差点と化している。

鑑賞して

監督はこんなにあやふやでふわふわもやもや漂う曖昧なものをどうやってAhmed役のイディル・ベン・アディに伝え、映像に残すことが出来たのだろう?13歳のAhmedは常に下を向き、姿勢が悪く、小さくみえる。ゲームに夢中だった少年からはのびのびと太陽を浴びた気配がない。頭の回転が素晴らしく早く、時々彼の動きに目が回される。彼が太陽の匂いのする動物がたくさんいる農場で、光を浴びる女の子に出会い、彼の乾かないぐじゅぐじゅとした心にそよ風が吹いたように思えた。13歳。宗教的な思想に尖ってしまったぐじゅぐじゅは、常に同じ人に向けられてしまう。Ahmedの心の動きが、彼にあたる光であったり、ハンカチを忘れた母親であったり、ただただ彼の心に寄り添う映像に、ドキュメンタリーのようなどぎまぎとした、たどたどしいAhmedだけを、ただただ手を差しのべることも出来ないまま、眺めている。作品。

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