コエボンラジオをお聴きの皆さん、こんばんは。7月24日(土)女優オノユリの映画の話をしましょうよのお時間です。オリンピック、開会しましたね!開催前に色々な事があり、もちろんコロナによる影響等は現在進行系ではありますけれども。多くは望みませんが、開会したからには無事に終わることとやっぱり笑顔あふれるイベントであって欲しいです。アスリートのみなさんが、国境であったり、言語だったり、プレッシャーであったり、コロナだったり、大会関係者の粗相であったりと、ありとあらゆる柵を取っ払って精一杯かけてきた情熱を大会でぶつけ合えることを、手に汗握り鑑賞させていただきたいと思っております。では、本日も映画の話を、しましょうか。
FENCES
CAST
Denzel Washington as Troy Maxson
Stephen McKinley Henderson as Jim Bono
STORY
1950年代のアメリカ、ピッツバーグ。トロイ・マクソンは、妻ローズと息子のコーリーと暮らしている。彼はかつて野球選手だったが、人種差別によってメジャーリーガーの夢を絶たれ、今では苦しい生活を送っていた。ある日、コーリーがアメフトのスカウトマンに見出され、でNFLを目指す大学推薦の話が舞い込んでくる。しかし、トロイは進学に反対、夢を見過ぎたと責め立て、家の裏庭のフェンス作りを強制的に手伝わせる。息子の夢を完全に潰してしまったトロイ。親子関係に亀裂が走り、ふたりを見守っていたローズとも激しく衝突することになるが・・・。
映画 FENCES オフィシャルサイト
FILMANIA 映画の話をしましょうよ
本日の映画は、オスカー俳優デンゼル・ワシントンの3作目となる長編映画監督作。2度のオスカーに輝くデンゼル・ワシントンが、映画監督作3作目に選んだのは、3世代にわたるアフリカ系アメリカ人の愛と葛藤を鮮烈に描いた問題作です。原作は、ピューリッツァー賞を2度受賞したアメリカ劇作家オーガスト・ウィルソンの同名戯曲。1987年にブロードウェイで初演され、トニー賞を作品賞と主演男優賞(ジェームズ・アール・ジョーンズ)を含む計4部門で受賞。
2010年、23年振りの再演時に、トロイを演じトニー賞主演男優賞を受賞したデンゼル・ワシントン自ら監督し映画化しました。映画化にあたり、同じく再演時にローズ役を演じトニー賞主演女優賞を受賞したヴィオラ・デイヴィスと再び共演するほか、舞台版キャストがほぼ全員映画に出演しています。デンゼル・ワシントンは監督のほか製作、主演も兼ねた作品となっております。
少し前に、「Ma Rainey’s Black Bottom」のお話をしました。その時に『主演のマ・レイニーを演じるのはデンゼル・ワシントン監督作品「フェンス」のオスカー女優ビオラ・デイビス。』とビオラ・デイビスのご紹介をしたのですが…ずーーーーっと引っかかっていたんです。…おいら、「フェンス」見てねぇ…。と。しかも「Ma Rainey’s Black Bottom」のプロデューサーがデンゼル・ワシントンで、デンゼル・ワシントンのプロデューサー秘話もかなり調べてお話していて、その横でちらついてたの。めちゃめちゃ調べてるけど「フェンス」見てない…。ってブルースと黒人の歴史について『マ・レイニー の追求しているものは、自分たちの黒人の心の状態であり、捨てられたもののすすり泣きであり、自立の叫びであり、はりきり屋の情熱であり、欲求不満に悩むものの怒りであり、運命論者をせせら笑うこと 云々カンヌン!』と熱く語っておきながら、「フェンス」見てない。劇作家オーガスト・ウィルソンについても『現代米国演劇を大きく変革した偉大な劇作家であり、現代米国演劇を変革した、知られざる黒人劇作家なのです。』なんて真面目にお話しておきながら「フェンス」見てない。もう、心の中は「フェンス」観てない。がいっぱい。と言うことで、念願かなって「フェンス」観ました。
鑑賞してね、もやもやしまして。このもやもやっていうのがいい言葉に言い換えると「余韻」。とにかく余韻で心が重たくてそれを皆さんにお伝えする言葉にすべく、映画についてひたすら考えたり調べてみたりしました。あれです。自分で言葉にする術がわからない時は、人の言葉を借りてみる。わたしのモットーにしたほうがいいかも。すると色々な情報が見つかりました。
まず、2016年制作の「Fences」は第89回アカデミー賞で、作品賞、主演男優賞、助演女優賞、脚色賞とオスカー主要4部門をはじめ、計45部門受賞・144部門ノミネートされ、最終的にビオラ・デイビスがアカデミー賞助演女優賞に輝いた名実ともに素晴らしい作品なのです。当時わずか全米4館の限定公開から2,233館に拡大され、話題騒然となった作品でもあります。ところがです!ところが、この作品は日本では劇場未公開で終わりました。それじゃぁわたくしオノユリが観ていないのも無理ないです。考えられる理由としては(読売新聞オンラインより)
トニー賞受賞舞台の映画化作で、アカデミー賞にもからんでいるから内容は保証されているものの、登場するのはアフリカ系アメリカ人ばかりで、派手なアクションも手に汗握るサスペンスもない。見かけはどうしても地味になる。
読売新聞オンライン
と言うわけです。ぐうの音も出ないですね。先程お伝えしたように、鑑賞後かなりもやもやしたんです。もやもやの理由の一つとして日本人としてはアメリカにおける黒人の歴史的背景に疎くて物語に浸りづらい。というのがあると思うのです。受け入れる器を用意しないと万人受けする物語ではないかもしれません。わたし自身アメリカに住んでいて周りの友人に黒人が多かったということがあったり、「Ma Rainey’s Black Bottom」を始めアメリカにおける黒人の歴史について調べたりお話したりする機会に恵まれたりしていても肌レベルでこの作品を理解しているかと言われると「滅相もない!」状態なので、今日はこれからデンゼル・ワシントン監督の「Fences」を鑑賞する方に、受け入れやすい器が出来ればなと言う考えでお話をしていこうと思います。
舞台は1957年ピッツバーグ。デンゼル・ワシントン演じるのは54才になるトロイ・マクソン。彼はかつて、”Negro League Baseball” (アメリカ合衆国において行われていたアフリカ系アメリカ人、黒人、を中心とした野球のリーグ戦を指す) 要するに、黒人だけのプロ野球リーグでベーブ・ルースよりも多くのホームランを打ちました。野球選手としては実在するモデルがいるのですが、黒人と白人がプロ野球リーグが別々だったため記録として残らなかったそうです。そして、実際なら大スターになれたのに、差別のためになれなかったのでトロイはとても歪んだ人間になってしまっています。
トロイは自分がスポーツ選手としてとても優秀だったのに差別のためにスターになれませんでした。なので自分の息子、コリー、がアメフトで大学からスカウトがきてプロを目指しているのに息子の目前にあるその夢を断ち切ります。もう、目も当てられない。トロイは現在清掃局に勤めゴミ収集車の後ろに掴まってゴミの回収をしているんです。「野球のスーパースターだったのに俺はゴミの回収をして家族を養い子どもたちを育ててきた。お前は黒人だ。お前は試合に出られない。」そうして息子の夢を潰そうとします。
トロイにはもうひとりの息子、腹違いのお兄ちゃん、ライオンズ、がいて、ライオンズはジャズミュージシャンになろうとしています。ところがトロイはゴミ収集の仕事を紹介するから働け!とライオンズの話に耳を貸しません。うーん、なんだか心が傷んできます。日本でも子供の夢を親が反対するってよくあると思うんです。実際わたしもそうでしたし。ただ、日本は差別がアメリカの黒人に対するしかも1968年にキング牧師が殺害される以前の差別のようなものが背景としてないので、黒人として脱することのできない負のループのようなものがありませんから、努力をすれば夢は叶う。みたいな言葉が言えます。ただ、1957年、黒人が努力をすれば家を買えるか?というとそういうわけではありません。しかし、才能があれば別かもしれません。例えば、スポーツ選手としての実力を認められてスカウトされるだとか、チャンスを伺って出入りしていたライブハウスでジャズブームに乗っかってコンサート出演できたりだとか。実際トロイお父さんは親友に言われます「お前は早く生まれ過ぎちまったんだ。」と。ビオラ・デイビス演じる奥様、ローズも言います「時代は変わった」と。淡々とトロイは家の裏にフェンス(柵)を作りながら、息子の夢を潰そうとし、その歪んだ夫の心を理解し、なだめながら息子の夢を叶えてやりたい妻と会話をし、時間が経っていきます。なぜフェンスをつくるのか?作中で論議が起こります。「何かを締め出すためか、中の人を外へ出さないためか」作中のひとりひとりにとって、フェンスの意味も異なってきます。
こんなこと言っちゃうと人格大丈夫かな?ということがバレてしまうかもしれませんが、トロイが息子の夢を潰そうとする気持ち、分かる気がするんです。トロイは才能があった。当時の白人選手と比べて自分のほうが優秀だったわけです。でも黒人だから試合に出場する機会すら与えられなかった。自分の存在はないのと同じだった。今じゃ白人のゴミを集めている。なんで目の前のこいつは夢が叶うんだ?叶うはずないのに。諦めて手に職をつけて働けばいいのに。自分は苦労した。若い世代や次の新しい世代が苦労しないなんて耐えられないだろう。歪んでいるとは思いますが、それを実際に口に出して行動に出す程強い考えにまで達してしまっているほどトロイは傷つき、自分を守らなければならない背景があったのです。フェンスは、そんな彼の心を守ろうとする柵のメタファー<象徴>でもあるかもしれません。
そして、今回参考にさせていただいおります、町山智浩(まちやまともひろ)さんの映画解説によると、この柵にはさらなるメタファーがあるそうなんです。
映画公開時2016年、時はアメリカ合衆国大統領選挙!候補者はドナルド・トランプとヒラリー・クリントン!当時の世論はヒラリー・クリントン候補による初のアメリカ合衆国女性大統領誕生!でした。ところが、多くの世論調査を覆しドナルド・トランプ候補が勝利しました。なぜか?なぜでしょう?
1960年代の終りにワーキングクラスの崩壊が始まって、その後全然収入が伸びない状態で50年たっているアメリカ。
その人達がトランプ大統領候補に投票したのです。
アメリカはもともと移民の国なのに何故新しい移民を嫌がるのか?
「自分たちはこれだけ苦労して、やっと家を持ってお前たちを養ってきたのに、なんでお前たちはこんなに易々と俺たちが作ったアメリカっていう国を踏み台にしていくのか?」という、作中のトロイのような心もちなのです。
壁なんて作ったって、本当に不法移民は防げません。穴掘って下から入ってくるし、海からも川からも入ってきますから。要するにトランプ大統領の指し示す『壁』は自分たちを守ってくれる象徴なんです。
町山智浩 映画「Fences」を語る
というわけで、本日は第89回アカデミー賞で、作品賞、主演男優賞、助演女優賞、脚色賞とオスカー主要4部門をはじめ、計45部門受賞・144部門ノミネートされ、最終的にビオラ・デイビスがアカデミー賞助演女優賞に輝いた名実ともに素晴らしい作品、デンゼル・ワシントン監督『Fences』のお話をお送りしました。日本で劇場未公開だった作品ではありますが、ブロードウェイを上演時と同じキャストで思いっきり堪能することができますよ。なんと言ってもキャストが本当に素晴らしいです。心の歪んだおっちゃんのフェンス作りを、ぜひ、本日ラジオでお話した受け入れる器をちょっとだけ意識して鑑賞してみて下さい。時代背景を感じるだけで他のいろいろな作品を鑑賞したときも理解の幅が拡がりさらに奥深く映画をお楽しみいただけるようになったら、最高に嬉しいです!
それではまた来週、映画の話をしましょうね。皆さまが色々な柵を取っ払って、日々ゆったりした気分で楽しくお過ごしいただけますように。オノユリでした。