Nuovo Cinema Paradiso

このBlogを稼働しなくなって、長い時間が経ちました。

SNSを使っているとBlogの必要性を感じなくなってしまって、そして開くたびに自分の作ったものが陳腐に感じて、開くのがたいそう気怠く感じたのです。

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だけど、素晴らしい映画を観た時。

脳みその中に溢れてくる言葉たち

SNSじゃない、Film Journal では足りない、人目につかない・・・でもそこら中に重なる紙や、PCに溜まっていくファイルじゃなくて・・・そう、求めていた場所は既に持っていたと気づいて、だらだらと計画性なく、心の向くままにでも溢れる言葉が消える前に書きなぐる事にした次第、なのです。

枯渇しているのに、溢れ出してくる、それならその言葉たちを目にしてみたくて。

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『ニュー・シネマ・パラダイス』(1989)

Giuseppe Tornatore 監督

ウィキペディアより抜粋

しばらく停滞期に入っていたイタリア映画の復活を、内外一般に印象付ける作品となった。映画の内容と相まってエンニオ・モリコーネ音楽がよく知られている。

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この、魅力溢れる映画を、何度観たかな?

でも今日観た時に改めて今までの自分の視野がほぼ皆無だった事に気付かされました。それでも、幼い頃からこの映画を楽しみ、大好きだったのです。

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ストーリーは、中年の映画監督が、故郷の島の恩人、アルフレード、の訃報を聞き、島で過ごした時間、映画と共にあった町・子供たち・恋人たち・大人たち・教会・映写機・アルフレードへ想いを馳せる。

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まず、音楽(Ennio Morricone)の素晴らしさ。何度も何度も聞いている曲に改めて心揺さぶられる。流れるたびに、乾いた心に沁み入ってくる。心の栄養剤。

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幼少期トトのかわいさ。かわいさを前面に出した上で、小狡さ、憎たらしさ、頭のよさ、要領のよさ、嘘ついたり、ズルしたり、田舎の子供らしさ、そして愛らしさ。第2次世界大戦でロシアへ行き、顔も知らない父親を想ってみても、叶わないと察してしまっている彼を満たすアルフレードの存在。

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アルフレードの人生。彼は小学校を出ていない。子供もいない。映写技師として働き、映画に注ぎ込んだ彼の人生を想うと、彼の希望、夢、世界そのものがトトであったとわかる。彼の言葉は多くの映画のフレーズから成り立っているが、トトに島から出るように贈る言葉は、彼自身の人生の言葉。

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溢れる映画愛。第2次世界大戦後、シチリアを彷彿とさせるイタリアの田舎町。人々は着古した似たような服を着て、教会に通う。シネマパラディソ(映画館)は、町が世界と通じる窓で、町の人たちの篭った2酸化炭素を外へ放出し、新しいエネルギーを浴びせる。子供も大人も町全体が映画で全てを忘れ、映画で世界を知り、映画で繋がっている。シネマパラディソで流れる映画により鑑賞者のわたしたちも同じ時代や空気を体感する。教会の厳しいチェックでラブシーンをカットされても、映画をみんなで愛でる喜びは一切欠けない。全てにおいてエネルギー!動きがあって、人が沢山いて、若くて、未熟で、子供たちが駆け回る!

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そして後半戦、トトが青年へと駆け出していく。トト青年もかわいらしい頼りない雰囲気が、いつの間にか男の人へと変わっていく。あまりに美しい、青い目の令嬢、Elenaが登場する。アルフレードの映画知識もトトを奮い立たせる。恋するトトの表情が切なくて、その一瞬だけを切り取ってポストカードにして、映写室かトトの部屋に貼りたいほど心に残る。だって、人は忘れてしまう生き物だから、そうして忘れたくないことは永遠に貼っておきたい。

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そして映画冒頭へ繋がっていく・・・町からトトを出すための、あぁ、トトへ贈られるアルフレードの人生の言葉。男親って、こんなに厳しくなくちゃいけないの?友人って、こんな言葉を送れるもの?親でもなく、友人でもないアルフレードとトトの間だからこそ贈られ、受け取った言葉たち。その瞬間に、トトの未来が変わっていく。

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エンディングは、全てにおいて心が震えてばかり、言葉が溢れて、でも言葉にならない想いへと変わって、喉の奥で弾けてしまってバチバチと痛みを伴う。

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映画とは、わたしの身体に痛みまで与えてくるのです。

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アルフレードと一緒に、歳をとった町の人と一緒に、ニューシネマパラディソを通り、教会へ。そしてニューシネマパラディソとのお別れ。何もあんな豪快にやらなくたって・・・。でも、子供たちがニューシネマパラディソの周りで走り回るのをみて、時代の流れをある種の幸福を伴いながら感じる。溢れる痛みはそのあと、トトがローマのホームへ帰った後。アルフレードの繋いだコマ切れのフィルム。アルフレードが子供の頃くれなかったもの。許されなかったこと。まだ、残っていたんだね。みんなの夢。わたしたち全員が、憧れ、恋い焦がれ、夢で想像した、世界で最も雄弁に愛を語る、そして一瞬で笑顔にさせる、アルフレードの遺した形。

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これで書き尽くしたでしょうか?少し胸を撫で下ろし、今日はシチリアへ想いを馳せ、イタリアのことを思って眠ります。先日訪れたイタリアに、シチリアもローマも含まれていなかったのですが。

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おやすみなさい。

オノユリ

第8回『ポエトリーエンジェル』飯塚俊光監督 「オノユリの映画の話をしましょうよ」

2月3日のゲストは、『ポエトリーエンジェル』、『独裁者、古賀。』、『チキンズダイナマイト』の飯塚俊光監督 にお越しいただきました。

酸っぱくて塩っぱくてちょっと甘い・・・梅干しへと変化していく、いい香りのする大きな梅の実のような映画。丁寧に、端正に、心を込めて作られていて、心地の良い時間。

この映画を鑑賞中、今まで生きて来た中で特に身近にない筈の梅の実の香りが漂って来ました。映画の魅力、映像の力を感じる瞬間。

映画『ポエトリーエンジェル』を鑑賞してから、飯塚俊光監督にお話を伺えるのをとても楽しみにしておりました。

ラジオでもご紹介させていただきましたが、主演の 岡山天音 氏が 第32回 高崎映画祭 で最優秀新人男優賞を受賞されました。

高崎映画祭、他の受賞者の方々も日本を代表する男優・女優の名がずらり。

更に、映画祭開催中は受賞作品も公開されるとの情報を飯塚監督より頂きました。すでにDVDも発売されている映画を映画館で観賞出来る機会は中々ありませんので、ご興味ある方は高崎映画祭のサイトでご確認下さい。

素直で楽しい飯塚俊光監督と、とても贅沢な10分間を過ごさせて頂きました。

飯塚俊光監督、ラジオをお聴きの皆さま、ありがとうございました。

次回は、3月3日(土)日米共同制作長編映画『Cantering(キャンタリング)』の制作に取り組まれている真っ最中のHIKARI監督をゲストにお迎え予定です。

お楽しみにしていて下さいね。

報道写真家 嬉野京子さんとの出会い

先日、司会を務めさせていただいた映画上映イベント「OKINAWA1965」にて、そのドキュメンタリー映画の主演となられた 報道写真家の 嬉野京子さん と終日過ごさせていただきました。

彼女が目撃してきたお話がどれも衝撃的で、今までの価値感を揺さぶるものでした。

長い1日の終わりに、「また必ず会いましょう」と握手をして下さった手がとても温かくて、もっともっと生きなきゃ、と思いました。

嬉野京子さんが25歳の時に撮影した写真で彼女は命の危機に遭い、沖縄の人々が彼女と写真を守る為に動きました。当時、沖縄と本土の行き来にはパスポートが必要でした。今は勿論パスポートは必要ありません。しかし、日本にある米軍基地の7割以上が沖縄に集中しています。沖縄は日本の国土面積の0.6%に過ぎません。

上映イベントの日は名護市長選でした。逐一開票速報を確認していた嬉野さんのお姿が印象的で、イベントを終え、帰宅後ニュースで市長選の結果を知った時、嬉野京子さんがどのように思われたかに思いを馳せました。

写真は、嬉野京子さんに頂いたミネラルたっぷりで美味しい黒糖とチョコレート。長い1日、この黒糖に救われました。

ありがとうございました。